さて、高齢者となった私たち夫婦の自粛生活はと言いますと…今朝も、私はホトトギスの鳴き声で目を覚ましました。耳を澄ますと風に揺れ、擦れる葉音も聞こえます。
窓を開け、空を見上げると吸い込まれるように深く青い空を雲が流れていきます。
地上には時を得たさまざまな花が咲き、ジャスミンの芳しい香りも風に乗って流れてきます。
私たち老夫婦の生活は、祈りと瞑想に始まり、それから二人で家事を分担、洗濯をし、掃除をし、朝食を作り、食事をします。その後は新聞を丹念に読み、散歩し、お茶をいただき、読書をし、仕事をし(夫は絵を描く、私は小文を書く、翻訳をする、講座の準備をする等)、縫い物をし、片付けをし、庭の手入れをし、お菓子を焼き、音楽を聴き、時にはテレビを観たり、植物を写生したり、夫はギターを弾き、私はピアノを弾き、時には合奏したり歌を歌う。
また、友人、知人、息子たち家族と電話やメールやラインのやり取りをし、家から出るのは日用品の買い物と散歩、時折手製のお惣菜や焼き菓子やケーキを近所の友人に届ける時だけ。
これまで長く続けてきた講座や勉強会をお休みしていること、友人と会えないこと、息子たち家族と会えないこと、たった一人の妹に会えないこと、図書館やコンサート(近くで無料、またはワンコインで鑑賞できるコンサートを定期的に主催してくださる企業があるのです!)に行けないこと。
以前と変わったことはそれくらい。それも殆ど苦にならない程度のことです。
そうなのです! 高齢者の暮らしこそが、政府が出した緊急事態宣言で、はからずも実現した「小さな暮らし」そのものなのです!
旧約聖書のカインとアベルの話をご存知でしょうか。兄のカインは地を耕して農作物を作り、神様に貢物として捧げました。弟のアベルは羊を捧げました。
しかし、神様はアベルからの貢物を喜ばれましたが、カインの貢物は受け取ることを拒否されました。
これは私たちに何を示しているのだろう…。
――アベルのように自然の中に在るものを必要なだけ、感謝していただくことを神様は喜ばれた。しかし、大地に成っているものを食することだけで満足せず、地を耕し、自分の好みに合わせて作物を作ることは、是とされなかったのではないか――。
地を耕すことなく、自然に成っているものだけを食す生き方は、カインとアベルの両親である人類の祖、アダムとエバがエデンの園でしていた暮らしそのもの――それは神様が望んで彼らに与えたものであった――。
「老い」について考えることが、このようなことと関わりのあることかと訝しく思われる方がいらっしゃることでしょう。
「老いて生きる」ということはどのようなことかと考えた時、世界を創り、人間を創られた創世紀の神様の意に沿った生き方をすることではないだろうかと、私は思い至ったのです。
人類は神様の意思に添わない生き方、つまりカインの生き方を選び、踏襲し、発展させ、ここまで文化文明を築いてきました。それはエバがエデンの園で智恵の実を口にしたことから始まりました。つまり人間に自由意志が与えられたことによるのです。
私も、幼児期を過ぎて世の中のいろいろなことがわかりはじめた頃から今まで、神様の意に沿わず全てのことを自分で考え、判断し、自分の意志で選び、決定して生きてきました。
その選択が善であったのか悪であったのか、或いはそれを悔いるのか喜ばしいと考えるのか――それは必要のないことでしょう。
楽しいこともあり、幸せと感じる瞬間もあり、苦悩することも、困難を担うこともある、文明の利器によって快適な暮らしができることもある、しかし同時にそれが私たちに不利益を与えることもある――これが今私たちが生きている現実の世界です。
若い人には夢があり、向上心があり、野心もあります。それは人間のあるべき姿です。
それが善か悪かを判断する必要はありません。生まれて成長するというそれ自体が、「もっと」「もっと」高みを目指すことなのですから! けれど人は「老いる」ことで、上昇志向も野心もなくなり、「あるがままに生きていきたい」と願うようになります。なんとありがたいことでしょう!
これから私が皆さまとご一緒に考えたいことは、「目の前にあるものを感謝していただき、あるがままに生きること」。それが「老いて生きる」ことなのではないか、ということです。
それは人生の最後に辿り着く、自然と共に生きる人間の「真の生き方」であろうかと私は考えます。そして、高齢になったからこそできる「小さな暮らし」そのものなのです。
夫と私には、誠にありがたいことに最小限度の年金が支給され、「小さな暮らし」が可能になっています。ですが、それが可能でない方も多くいらっしゃることでしょう。私の側には、そのような方々とご一緒に、「小さな暮らし」を実現しようとしている頼もしい友人がいます! 次号でご紹介しますね。
今年も暑い夏になりそうです。皆さま、どうぞご自愛くださいませ。ありがとうございました。(続く)
大村祐子(おおむらゆうこ)
1945 年生まれ。 アメリカ、サクラメントのルドルフ・シュタイナー・カレッジにてシュタイナー学校教員養成を学ぶ。その後、現地のシュタイナー学校で教える。1998 年帰国し、北海道伊達市で人智学共同体「ひびきの村」を立ち上げ主宰。2011年「ひびきの村」から退いて神奈川に移り、執筆、講演、ワークショップ、講座などを続ける。現在、一般社団法人「コネクト・ビレッジ」を立ち上げ、人智学を基に運営される「小さな暮らし・ハウス」のスタートを目指す。著書多数。